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コリない我等
ネタのタネさんにておもしろいお話が書かれています。
意見をWEBに綴るものの端くれとして、
こういうことには常に気をつけたい。
思ったことがあったのでまとまらないが
少し書いてみる。
Feelとthinkの差がここにも見られて面白い。
Feelはそれこそ千差万別なはず。
世間や建前は別として本来的には。
しかし、Thinkはうまくすれば常に
「AならばB」といえてしまう。
論理的に反論しにくい。屁理屈ともいう。
ただ、実際の現象を生で見ていれば
Feelするのは確実で自分なりのThinkが生じるはず。
少なくとも自分にうそをつかない(理想など糞食らえとする人)ならば
だが情報が加工され、制限されていると仮定する。
そうすると情報が自分の手元に届く時には大体、原型の劣化コピーであることがほとんどだ。
さらに、仲介者の意思によってある種の変換が大量になされている。
「口当たりのよい情報」ともいう。
情報とともにその情報に対しての判断や理想的自己論者の標準的な態度の例すら一緒にくっついてくる。
そう言う意味で「高度情報商品化のお便利社会が生み出しためんどくさがりは多い」ってことなのかなぁ。
つまり、Thinkの例を普段から与えておき、誰もが同じFeelを持つものを与えれば
結果として情報に対するめんどくさがりやさんは
「ある情報に対して同じような反応をする。」
そして、その同じような反応をする人を好感的に見、違う反応の人に対して反感をもつような村的社会においては、わざわざ反感を持たれるのも面倒くさいので
もともと「違う反応」を持つ人でも見た目上、「同じ反応」をするかもしれない。
意思を表明するのは、他人が思っている以上にいろいろな力と労力を要する。
投稿者 k-8 : 2004年11月11日 05:59 | トラックバック