離せば解かる
「話せば分かる」とは真実である。
と思う。話すことというかコミュニケーションなくして理解は進まない。
が戯言にもなる。
理解が進んだ状態から逆類推しただけではなんとなく危うい気がする。
本当は「話合い」に進むまでが大変だったり、
相手を話合いの席に持ってきて狙った落としどころに持っていったり、
相手に現実かそれに類することを認識させ、なお話の場から話さない技や切り札などが必要だ。
ゆえにその前提がなく、ただ呪文のように「話せば分かる」と言うのは
「太陽が生命の源」や「愛は地球を救う」という言葉とその効果において変わりはない。
(例が不適切かも...)
むしろ、標語というか、ただある物事や思想を体言しているそれらの言葉に比べて
より実際の性質を示すかのような「話せば分かる」という言い方はちょっと微妙だ。
統計でウソをつくときのパターンに「相関関係」と「因果関係」の混同を利用したものがあるが
それに近いような言葉がそこかしこにある。
最近、このことが気になる。
というか、頭がアイドリングしているときは、これ関係かLifeHack関係かてきとーなイメージを浮かべて眺めていることが多い。
なんのために切り詰められたのか、どういう状況で発せられたのか。
そのときの目的は何だったのだろうか?
と考えるといろいろ面白い。
私の友人がよく「饅頭」と「その饅頭が入っている箱」のたとえをするが
本質と形骸を気にするようになったからだろうか?