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死ぬ気で教えろ

教育ということの大切さ
湖心漂来より

教育という言葉から受けるイメージは人それぞれだと思います。
私もちょっと思うことがありましたのでちょっと書いておきます。
ただし、ざっと書いたもので少々荒っぽい文章です。

ごく個人的なことを書かせていただくと
私は2度ほど死にそうな目にあったことがあります。
(ただし物理的にではないですが)
その時に、はっきりと自分を死から守ったのは
親やいろいろな人、自分自身も含めた多数の人間からの教育だなぁと感じることがありました。

自分でもそのくらいのことがなければ教育についてはまじめに考えなかったかもしれないと思います。
●何にしろすぐに結果が出ない。(影響するのは何年先かも)
●一定の法則が成り立たない。(相手のやる気による)
単純に数字だけはじけば効率悪いと思います。
けれど人は即席教育では育たないと思います。

教育というといろいろ手取り足取り教える方を想像する人もいると思います。
しかし、私の個人的に思う「教育」とはひたすら手本を見せることかと思います。
あー、こう書くと語弊がありますね。
手本を見せるというのは自分の考え方を実践している自分の姿勢や行動、考え方を見せる。
あとは当人の判断に任せるということです。

「そうはいってられるか!現実に人が足りないんだ!」という場合もあるかもしれません。
また、ある程度強制されたがゆえに逆に面白さを見出していくタイプの人もいると思います。
むしろ何か引っ張ってもらわないと全開で動けないけど、動いたら最高の働きをする人もいるかと思います。
そこは人それぞれだと思いますが少なくても見ていて良い感じする人は自発的に動いていると思います。
自発的に動くためには、いい感じの導入、できることの喜び楽しさ、自分の変化の発見、習慣化してもマンネリ化しない対象の深さ等があると思います。
しかし、これらは全て自分から進まなければ分かりにくいと思います。
(周囲の配慮や応援が必要かもしれません)
だから、私は紹介をして入り口までは連れて行けますが中の内容までは教えなくてもよいと思います。
ネタばれになりますし、ただ「おもしろかったよ」と伝えてやればよいと思います。

「騙された」とか「つまんなかった」というかもしれませんが世の中にはそれ以外にもっとその人と相性が良いものがあるでしょう。

そして026さんからも教わったことですが何であれ「面白いと思うことを見出す」力があればどこでもやっていけると思います。

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コメント

トラックバックありがとう。
K-8さんの言う通りだと思います。
ただ、「イメージは人それぞれ」の、それぞれの人全てが持つイメージを集めた、総合的な物としての教育について書いていきたいと思っています。
また書きますので、コメントでもよろしくお願いします。

こちらこそよろしゅう!
この話題でこちらにも書きたいネタがあるんですが準備にちょっとかかりそうなので、まぁ、まったりでお願いします。

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