わかることについて
わかることから書き始めてわからなくなるまで書く アンカテより
文中に
>>世界をこのようにとらえていくと、世界は実にうまくできていることに気がつく。
>>自己言及する主体は、絶対に世界を完全に理解できないように、
>>この世界は巧妙に設計されているのだ。
という表記があり、気になったので論理展開というか
自分の言葉になおしてみることに。
つまりこういうことか。
●意識は物を観察することができる。
↓
●観察することは対象に影響を与えてしまう。
(ハイゼンベルグの例の定理とかシュレディンがーの猫とかのあたりの話ですね。たしか)
↓
●意識が自己言及する
↓
●ということは、自分を観察する。
↓
●ということは、自分に影響を与えて変化させてしまう。
↓
●ということは、観察しているそばから観察対象は変化してしまう。
↓
●というより、自分の観察の仕方が変化してしまうかもしれない。
↓
●つまり、世界を完全に理解するどころか、自分をいつまでたっても理解できない。
という流れがあるのかしら。
OK!? 間違った!?
なるほど、あってるとすれば、これは面白い構造ですね。
コメント
言い換えると、自己言及しない主体は、世界を理解できるということかな。
発展させると、自己を定義することに成功した者は、迷わないと・・・
そらそうかもしれないね。
「団子屋に学問なんざぁいるかっ」
て「男はつらいよ」のどっかで聞いたけど、衝撃的だったなぁ。
大根鮨、どう?
投稿者: r26 | 2007年02月19日 19:23